わやにすな

トサの103的こころ
子を持って知る親の恩
 お客さまで腰痛持ちの方はたくさんいらっしゃいます。お話ししていると椎間板
ヘルニアで悩んでいる、とおっしゃる方も。
 僕は20歳の時に腰を切っているのでその辛さがまさに「痛いほど」判りますし、
経験に基づく進言をさせて頂いたりします。

 お母さまが交通事故で生死の境をさまよい、幸い一命を取り止めたものの、
大きな後遺症を負ってしまわれた県外の友人宅に泊まった夜のこと。友人は
いつになくウイスキーをあおり、強くすすめてきたので酒に弱い僕も少し付き
あっていると、
 「数年前に君のお父さんが亡くなったとき、さぞ辛かろうと心から思ったが、
実際に俺の母親の命が危ない状態になって、初めて君の辛さが理解できた」
と、涙ながらに語ってくれました。
 
 子供の為ならばどんな犠牲をも顧みない、という親の心情を理解することが
できませんでした。
 自分という存在は掛け替えのないものだけど子供なんてまた作ればいいじゃ
ないか、とすら思っていました。
 数年後、そんな僕が結婚し、やがて人の親になりました。出産に立ち合った
のですが、取り上げられた我が子の頭 ―産道を通る為に長細く伸び、更に
脳天は吸引器具により異様に飛び出て、まるで福禄寿のような― にひどく
ショックを受けました。「この子は一生こんな頭のまま生きていくのか・・・」
 後で姉や母親に数ヶ月で元に戻るからと言われてもなかなか信じられなかった
僕は、この時まだ「生物学的に父親」に過ぎませんでした。
 妻子の退院後、おしめを換えたりお風呂に入れる手伝いをし、子供はいつのまにか
這うようになり、今では一人で歩けるようになりました。
 先日、我々夫婦の些細な不注意の為、子供がまだ熱いアイロンに触れて
火傷をさせてしまいました。
 幸い、小範囲・軽度で済みましたが、これが自分の身体であったなら、少々
重症であってもどれだけ気持ちが楽なことか。
 今、仮にこの子が生きる為に全財産が必要だと言われたら躊躇することなく
家財を売り払いますし、この心臓が必要だと言われたら喜んで差し出します。

 我々夫婦が深く望み、生まれてきてくれた、他の何にも代え難い命。そして
その命を守ることの尊さと辛さ。
「子を持って知る親の恩」
「孝行のしたい時分に親は無し」

の言葉が身に沁みます。
 片親は健在ですので少しは労らないとなァ。

先生如何でしょう?
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by tosamal | 2005-04-03 23:13
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